neputa日記

日常

映画「ジョーカー」を観ての自分語り

話題作映画「ジョーカー」だが、先日ついに念願叶って鑑賞することができた。

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出典:映画「ジョーカー」オフィシャルサイト

 

観終わったあと、わたしの足取りは軽く、頭の中ではなぜか時計仕掛けのオレンジバージョンの「雨に唄えば」が繰り返し流れていた。雨は降っていなかったが、傘を振り回しながらスキップでもかましてやろうかという気分だった。

 

ベネチア国際映画祭での評価について

ほとんどの場合、目を付けていた作品が話題作になってしまうことを嫌う身勝手なわたしだが、ベネチア国際映画祭の金獅子賞の受賞はうれしかった。

わたしの強めの個人的偏見を述べると、今では成功し作品を評価する側にあり「持つ側」となった映像関係者というのは、もともとはどいつもこいつもそれは様々な感情をこじらせた連中だと思っている。

かつては命がけで作り上げた作品に石を投げられボロクソにこき下ろされるなんてこともあり、絶対に見返してやるとの執念を最後まで諦めることのなかった変態たちだ。つまり賞賛に値する人々だ。

そんなやつらが、持たざる側の人間が持つ側の人間に刃を向ける作品を評価したその一点のみにわたしは大いに喜んだのだ。もし無風であれば、映画界なんてもう永遠に終わりだぐらいにも思っていた。

まあこれは個人的な偏見と思い込みに過ぎない。

eiga.com

 

事前情報に関する鑑賞後の感想

しかし実際に観に行くまで、この話題作の情報を避けるにはそれなりの苦労を要した。

好きで購読しているブログ記事も読まずにいたりするなか、どうしてもいくつかの記事は読んでしまったりする。

www.cinra.net

toyokeizai.net

 

どんな作品でも賛否両論はあるのだろうけれど、観終わっていま思うその両論のいくつかに思いを馳せた。

 

突然の自分語りに驚いてほしいのだが、わたしは普段、不動産資産を持つ者と持たざる者の狭間に立つ仕事をしている。つまり不動産屋だ。賃貸物件を管理しマージンをかすめ取るお仕事だ。

資産を持つ側、賃料を払い借りる側、双方にクソ野郎が存在し、人格者もまたいる。

そしてふとわたしが思うことは、この同じクソ野郎の何が違ってこの現状があるのか、ということだ。考えても意味のないことを考えることは好きではないが、生々しくその事実を突きつけられる場面が毎週のようにあるのだから仕方がない。

 

作品を観た多くが持たざる者だとわたしは決めつけている。わたしもその一人だ。「何をもって持つとか持たないとか言ってるんだお前は?」という問いは気にしない。しいて言うならば、生まれたときのスタートラインは雲の上じゃなかろうという話だ。ブルース・ウェインは天上界からのスタートだろう?

 

そこで先ほどの賛否両論についてだが、日頃おのれは普通の側だよな、いやどっちかつーと持つ側?などと、身の丈の真実と自己認識との間に隙間があるような者は、無意識層にひそむルサンチマンをチクチクっとされて不快になったりするかもしれんなと思った。

つまり、KILL THE RICHを掲げる連中に賞賛を浴び、美しく舞う男が主役として描かれるようなこの作品は、おのれのルサンチマン具合を試してくるのだなと、これは観る前に何となく予測し、そしていまそうだったなとあらためて思うのだ。

 

そしてホアキン・フェニックスのインタビューはできれば我慢して読まずに観たかったなとすこし後悔している。笑い方とか鑑賞中にやっぱ意識しちゃったからな。

 

異径なるものへの憧憬

ふたたびいきなり自分語りを始めようとする自分に驚いているが、ここはわたしのブログだからいいのだ。

子供のころから人間ではないもの、とりわけ化け物に類するものへの憧れがある。

とりあえず思いつく限りで列挙してみると、妖怪人間ベムデビルマンヘルシングアーカードみたいなやつらだ。

そんなにアニメなどに詳しくないのがわかるラインナップだと思うが、人類から手放しで受け入れてもらえず対面すれば「化け物!」と言われてしまうような存在に憧れるのだ。

憧れの内訳としては、脆すぎる人間と違って出鱈目に強いという部分もそうだが、なにより、人間社会での共生を諦めざるを得ないほどに異径である存在にわたしもなりたいという逃避願望的な思いが最もなところだ。

 

なんで突然そんなことを語りだしたかと言うと、この憧れの気持ちはいい年をした今でも十分に大きくあるのだなと、映画「ジョーカー」を観てあらためて気づかされちまったという話。

アーサーが髪を緑に染め、階段で舞いながら、異径なるもの「ジョーカー」へと変貌していく姿に著しく興奮した。なんかものすごく雄叫びたい!ヒョーとかフヒャーとかよくわかんないけど叫びだしたい感じで、いま思い返してみてもあーよかったなと思う次第。

 

それを味わいにもう1回ぐらいは観に行くかもな。

山あり谷あり、そしてオフライン生活へ

f:id:neputa:20190905174806j:plain unsplash-logo Ilya Ilford

 

日記を書く習慣を身につけることができなかった大人は日常を綴るのもまた続かない。

 

前回の記事はこちら。

neputa.hatenadiary.jp

 

これを書いている2019年9月5日時点で、164日前の記事とのこと。

私なりの幸福のかたちを知ったという話を綴っている。

 

そのこと自体は特に変化がないのだけれど、その外側でいろいろなことが起こりすぎた164日間だったように思う。

 

5月に父が脳出血で倒れ、そして翌月に身内で逮捕者が出た。

 

端的に書いてみたら、あまりに端的すぎる。知らない誰かの話しみたいだ。

 

で、どうなったかというと、父は2週間の集中治療生活を乗り越え生還し、逮捕された身内は3週間の後に釈放された。

 

父は小さな事業を営んでおり、まずはその対処に追われた。そのドタバタが冷めやらぬところに逮捕の件があり、ご迷惑をかけてしまった相手方と当人の釈放のため、大量の時間とカロリーを投入することとなった。

 

私は感謝されることを望んではいないし、誰も感謝することを望んでいないであろう。

つまり教訓としては「一刻も早く忘れるべきことはある」、ということか。

 

久方ぶりの多忙だった日々の副産物として、生活がオフライン気味となった。

といっても、仕事もあり完全にネットを遮断しているわけではない。

ただ、ネットがなかった若かりし頃の生活に戻ったような具合かもしれない。

幸福のかたち

久しぶりにブログの記事を書く。

 

メインのつもりでやっている読書ブログの更新も滞っており、ついにはある時期からどんなハズレでも欠かすことが無かった読書メーターの短い感想も書かず読了登録とした。

 

なにか精神に不具合が起きたとか、電子デバイスがすべて同時に爆発したとか、両手が粉砕複雑骨折したわけでもない。

 

なんというか、自分の外側に向けた言葉が出てこないのである。そしてなにより、その叫びのような行為を行う欲求がない。

ある意味精神に不具合が起きたと言えるかもしれないが、不具合ではないかもしれない。

 

うまく言えないが、幸福を感じる能力を身に着けたから、というのが理由と言えるか。確証はない。が、そうなのだろうといまは思っている。

 

なんのこっちゃと思われるが、毎日のささいなひとつひとつに心が充足し、完結してしまうので、吐き出したいという行為に至らないのだと思う。

 

以前は、心の中で大きく口をあけた空洞のようなものを埋めるため、本や映像作品などに没入し、脳内に生じたものを言語化することでなんとか日々を送ることが出来ていた。

 

子供の頃、実家においてあった誰かのエッセイに「感動とは、感じて動くこと」とあったのがこの年まで頭から離れることがない。心を揺さぶられたならば、それを形にすることでようやく「感動」というプロセスが完了すると、強い思い込みがある。

 

それゆえその感動プロセスを怠っている現状を省みると、十代のころの自分に後ろ指を指されているような気がしたので、せめて言い訳のひとつやふたつぐらい綴っておこうと思い至ったのだ。

 

「幸福を感じる能力」とは、人によってはなにを大げさなと思われるかもしれないが、とても重要なことだ。

この能力に支障をきたしていると、なにをやってもしていなくても、決して満たされることはなく、常に精神が落ち着かず苦しい。心の中の空洞に飲み込まれてしまうのだ。

 

幸福とは目に見えないものであり、どこか遠くに驚くほど巨大なかたちをして存在するのだ!だから現状を逸脱して其処にたどり着かなくては!と思い続けている人はずっと苦しい。

 

目に見えないはずの幸福は案外近くにあるものだけれど、それにちゃんと目を向けることができるのはスゴイ能力があるからだ。つまり能力者だ。そう思うのだ。

 

以前とは打って変わって社会の中にグイグイと喰い込んで何かをなそうとするのをやめ、できるだけ社会とのつながりを粗にしようと志向するようになったことが大きいとは思うがなんでそう思うようになったんだっけ。それはまたあらためて考察しよう。

 

閑話休題

 

年をとった、丸くなった、いろいろな言い方はあると思うが、わたしは「人間になった」という言葉がいちばんしっくりくる。わたしにとっての幸福のかたちを知ることで、わたしは人間になったのだ。

【ドラマ/感想】 13の理由 〜Netflixオリジナルドラマ

シーズン1について

アメリカのハイスクールに通っていた少女「ハンナ・ベイカー」は、青春時代のさなかに自らの命を絶ってしまった。彼女は自殺にいたる「13の理由」をカセットテープに録音し、それを友人に託してこの世を去った。

 

シーズン1では、(特にアメリカ)で大きな反響を呼び話題となったそうだ。

 


カセットテープが語る真実とは? 『13の理由』予告編

 

 

実際にアメリカのハイスクールで起きている数多くの現実を盛り込んだ内容は、多くの視聴者から反響を呼ぶこととなった。制作側は寄せられる視聴者あるいは実際に苦しんでいる者たちの声を受け止めるべく、窓口となるサイトを用意するにいたった。

13reasonswhy.info

 

この作品はただのフィクションとして語られる作品から、現実社会へ深くリンクする作品へと変貌を遂げた。続編を作るにあたり、制作サイドはさらなる慎重さを求められることになったであろうことは想像に難くない。

 

若者の自殺と直面し、その後残された人々は何を思うのか、社会にどのような影響を与えるのか。世界中から大きな注目を集めることとなった番組制作者たちは、わたしたちにどのような回答を示すのか、そこに注目してシーズン2を視聴することとした。

 

シーズン2について

制作サイドは様々な配慮を施していた。

おそらく多くのティーンエイジャーが視聴することを想定し、過剰に感情移入した視聴者がいじめ役の俳優に対し悪感情をいだき過ぎてしまわないよう、出演者による呼びかけを冒頭に流す演出をほどこすなど。

 

シーズン2は、ひとりの若者による自殺が、残された者たちや社会に、どのような影響を与えたのかを観測する物語だ。遺族となった両親は離婚し、母親は学校に対し裁判を起こす。同級生たちはそれぞれに悩み、開き直るもの、良心の呵責に苛まれるものとさまざまだ。

 

個人的な結論として、若者たちにはどんなに追い込まれても生きること、誰かを頼ることを示し、どれだけの悲劇が起こっても変わることのない社会(大人たち)へ避難の声をあげている、それがこのシーズン2で示された答えだと受け止めた。

 

若者たちと大人たちの深い溝について

世代ごとに視点は異なるであろう。はるか昔に青春時代を終えたわたしは、物語で繰り返し描かれる若者たちと大人たちの深い溝について深く考えさせられることとなった。

 

わたし自身も十代のころには大人に対する不信感を根強く抱いていた。だが振り返ってみてもいまだ理路整然と説明できる根拠は見つからない。ただただあふれ出る怒りや不満を抑えきれずにいたのだ。

 

人生経験が足りずわがままなだけだ、と言えばそのとおりなのだが、そんな彼ら彼女らに対し、いまの自分はどう向き合えばよいのだろうか。いま現在、自問が続いている。

 

未熟であることは責めるに値しない。なぜなら成長の途上にある者たちに、成長後の成果を求めてしまうのならば、教育の存在とはなにかという話になる。

 

寄り添う、相手の気持ちになる、表現は様々だが、結局はそこが最も大切であり、軽んじられてしまうことなのだろう。苦しいけどそれをやり過ごす術を知らずやりきれない、その状態をどれだけ想像できるか、そして同様の状態だった自分を思い起こすことができるか。忘れてしまわないよう、しっかりと肝に銘じておこうと思う。

 

 

文鳥と暮らす ~これまでの1年をふり返って

現在の暮らしが始まってから、約1年が経過した。人間2名(わたしともう1名、以降「同居人」と呼ぶ)のほか、小鳥、カエル、カブトムシの幼虫など、多様なメンバーによる共同生活だ。

 

これまで鉢植え1つ部屋に置いたことがなかったわたしにとって、鳥・植物・昆虫・人間が渾然一体となって暮らす生活は、驚きと発見の日々だった。

 

これら多様な同居メンバーにおいて、もっとも大きな存在感を発揮しているのは、「シナモン」という種類の「文鳥」である。そのちいさな体にやわらかい羽毛をまとった「彼」は、自由気ままに美声を響かせ、毎日を元気いっぱいに過ごしている。

 

この1年間のあいだ、共に過ごし発見した文鳥のあれこれを、メモ代わりに記録しておきたい。

 

 

文鳥とは?

野生で見かける機会がまずないこともあり、それまで私はその生態を知らなかった。わたし同様、文鳥とはなんぞ?という方のために簡単な参考情報を。

kotobank.jp

暖かい地域にルーツがあるそうで、寒い時期はケージに設置した専用のヒーターの上に、ちんまり乗っていることが多い。古くからペットとして飼われていた歴史があり、日本では江戸時代のころから親しまれていたようである。

 

文鳥と暮らす

もともと同居人がヒナのころから世話をし、無事に1歳をむかえたばかりの文鳥だ。昨年の今ごろ、住み慣れた環境から移動用のちいさなカゴにゆられ、現在の家へとやってきた。

 

正確には引っ越しまえから面識はあったのだが、カゴの外にいる彼と対面するのはその日が初めてだった。慣れない環境にすっかりおとなしくなってしまった彼は、同居人の近くを離れようとせず、なかなか「これからよろしく」のあいさつができなかった。

 

それでもそっと指を差し出すと、ピョンっと指のうえに乗ってくれた。ほんの数秒の短い時間だったと思う。それが文鳥に触れた、初めての瞬間だった。

 

春の換羽と環境変化に順応しようとがんばる文鳥

あたらしい環境とあたらしい関係に慣れるため、彼が要した努力は相当なものだったと思う。またタイミングの悪いことに、彼にとって初めての「換羽」の時期と重なったことが、ストレスをよりいっそう大きくしてしまったように思う。

kotobank.jp

美しい羽根が抜け新しい羽根が生えてくる体験は、たいへんなエネルギーを必要とし、またストレスをともなうことであるのが、見ているこちらにも伝わってきた。からだがムズがゆいのか、頻繁にくちばしで羽づくろいを行い、「ピチチチッ!」っとイライラをぶつけてくる。

 

10日ほどは要しただろうか。羽がキレイに生えそろうころには、だいぶ落ち着きを取り戻しており、わたしともいつの間にやら一緒に遊んでくれるようになっていた。

 

たとえるなら、人間でいうところの思春期を迎え、親の都合による転勤と新たな家族との生活という大きな変化に直面したようなもの?かもしれない。内と外、両面からの苦難を乗り越えてみせ、新しい羽根をその身にまとう彼の姿は、以前よりも凛々しく見えた。

 

また、それまでまったくの他人であり、かつ異種でもあるわたしを、家族のように受け入れてくれた。彼の温かさに、深い感謝の気持ちがわいてくるのだった。 

 

夏のはじめ、文鳥の無双モードがはじまる

換羽を終え、環境にも慣れた彼は、いよいよ本領を発揮する。

 

最初の夏、まだ遮光カーテンを用意していなかったこともあり、早朝の外のようすは彼に筒抜けだった。日の入りとともに軽快なご機嫌ソングが始まるようになる。

 

21世紀のホモサピエンスは、日の入りとともに目覚めないことを彼は知っている。ケージ内にしつらえたオモチャの鈴を鳴らし、「水を取りかえて!」「ごはんも足して!」と催促してくる。

 

ねむい目をこすりながら「おはようおはよう」と声をかけ、ケージ内をきれいに掃除する。水を替え、ごはんの「混合シード」も足してやる。ちなみに「混合シード」は複数の穀物の種子が配合されたもの。彼のお気に入りの種子は、朝方にはあらかた食べてしまうため、「はやく追加して!」となるのだ。

 

この掃除をしているあいだも容赦がない。ケージに手をつっこむと、ピチチチッと言いながらつついてきたり、ふき掃除をする手のうえに乗り歌いはじめる。

 

ここでふと気がついたのだが、生物進化の頂点が人間であるというのは間違っているかもしれない。江戸時代に文鳥が日本へ渡来してから400年以上、彼らは人間たちを執事のごとく付き従えることに成功している。

 

秋に感じた文鳥との超えられない壁

秋も深まるころには、地道な世話と遊ぶ時間の積み重ねにより、互いの距離はすっかり縮まったように感じていた。指をオーケストラ指揮者のように振ると、求愛ソングを歌ってくれたりもする。

 

しかしながら、確実に超えられない壁がある。それは、育ての親である同居人とわたしは、彼の中で明確に区別がなされているということだ。

 

いちばんの違いは「手乗り」である。彼がもっとも安心し、無防備な姿をさらすことができるのは、同居人の手の平のなかだ。まあるくからだを埋め、同居人の頬ずりを受けているとき、目を細めて安らぐ様子はなんど見ても感動を覚える。

 

彼は、この手乗りをわたしに許すことはないのだ。

 

また頬ずりもしかり。以前、同居人が頬ずりしているあいだに、こっそりわたしが顔を近づけて入れ替わる、ということを試した。しかし、すぐに「なんかちがう!?」と気づかれてしまい、「ピチチチッ!」とするどい叱責を受けてしまった。

 

淋しい気持ちがあるのは正直なところではあったが、それ以上に、彼が幼いころから育ててくれたのは同居人なのだと、しっかり理解していることに、大きな驚きと感動があった。

 

犬がそのように人間たちを区別する話は聞いたことがあったが、ちいさな彼も決して親を忘れないのだろう。

 

冬に1度だけ起きた奇跡の手乗り

年末年始、同居人が実家に里帰りをしているあいだ、彼はわたしと2人で年を越すこととなった。

 

冬のあいだ、眠るときケージにかける布を厚手のものにしてあるのだが、やはり冷えるのだろうか。「ピッピッピッ」と呼ぶので出してやると、部屋のなかをパタパタっと一周したあとわたしの手の平に着地し、そのままスッと体を丸めたのだ。

 

手の平から伝わる体温が心地よいのか、身じろぎもせず落ち着いた様子だ。頬ずりにチャレンジするような真似はせず、そっと見守ることにした。

 

どのくらいの時間であっただろうか。手の平の上に、羽毛のやわらかさと温かな体温があった。ちいさいけれど、しっかりとした生命の重さを感じた瞬間だった。

 

文鳥と暮らす、2度目の春

書ききれないほどの出来事がたくさんあるけれど、あまりに長くなり過ぎてしまう。また思いついたときに記録していきたい。

 

こうやってふり返ってみると、すべてが宝物のような時間であり、その機会を与えてくれた同居人と彼自身に、いくら感謝してもしきれない。そして、これからもともに過ごせる時間を大切にしたいと強く思う。

次に訪れる、3度目の春にむけて。

 

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