neputa日記

日常

来世を想像するのは楽しい

今すぐリセットボタンを押したいほど現世に不満があるわけではないが、来世のことを考えるのは楽しい。

 

考えるだけならタダだし、誰に迷惑をかけるというものでもない。無限に想像をはたらかせ、なりたいものになってみるのだ。

 

なりたいもの候補には「人間」は含まれていない。鬼マッチョになりタンクトップ姿で砂浜を散歩したいと思ったら目指せば良い。現実に目を向ければ人間として今からなれるものに限界はあるかもしれないが、理屈の上では目指せばよいが成り立つ。来世という、新しく始まるニューライフを考えるにあたっては、ぜひとも未知なる生物で、ここはひとつ挑んでみたいと思うのだ。

 

ではどんな生物がよいか。

 

第一希望としては、「シャチ」になって大海原を駆け巡りたいと思っている。あの美しいフォルム、海洋生物の頂点に君臨する堂々たる風格、良いではないか!地球の表面積のほとんどが海であるからして、「海で最強」すなわち「地球で最強」と言っても過言ではないはず。地球で最も強い種族に属するというのはどういう感覚であるのか。オリンピックの金メダリストはシャチの気持ちだろうか。金メダリストはシャチなのだろうか。しかし同じ種族同士でなんやかんや上下関係とか大変かもしれない。シャチは社会性のある生物だから、ヘタすると人間社会におけるどろどろとした闇のような部分を抱えているかもしれない。これまで無邪気に「シャチサイコー」と考えていたが、何かの機会に真剣に再考する必要があるな。あくまで「暫定一位」とすることを宣言しておく。

 

これは文章に起こすことによって得られた気づきであり、一見、見もふたもない与太話を書き殴っているかのように見せかけて、実は大いに思索を深める機会となっているのだ。読んでいる人にはいい迷惑かもしれないが、私はKY(空気を読まない)スキルを高めようと邁進している最中なので気にしない。

 

シャチの話が長くなってしまった。

 

第二希望は「ネコ」。これはシャチに比べると共感する人も多いのではなかろうか。私は仕事に出かける憂鬱な気分のときに毎度のごとくネコになりたいと思っている。なんなら現世も明日あたりからネコでいい、ネコがいいにゃあである。しかしこれも、家ネコか野良ネコでだいぶ事情が変わってくる。うまいこと家ネコとしてのポジションをゲットできたとしても飼い主は果たしていかなる人物であるか、これは「人生」ならぬ「ネコ生」を大きく左右する問題だ。しかしこれは想像だ。きっとドでかいキャットタワー完備で一日二回チュ〜ルを振る舞ってもらえる極上環境をゲットする前提でここは話を進めたい。そうでなくてはならない。

 

と今のところはこの2つが突出して大きい来世希望であるが、最近この私の自由で心安らぐ夢想に水を差される出来事があった。 

 

同居人と来世について語り合っていた際、衝撃的な発言を受けたのだ。

 

「キミの来世はオキアミだよ」

 

オキアミ ー ウィキペディア

 

根拠はないにも関わらず「来世はラッキー!イージーモード」前提でしか考えてこなかった私にとって、この発言は衝撃きわまる一撃だった。

 

オキアミ、ハードルだらけの一生が約束されたようなものではないか。果たして私は孵化できるのか?卵の時点でアジやイワシに丸呑みされるのではないか?最後は佃煮か?

 

来世がオキアミになる可能性はゼロではない。(転生を否定する真っ当な指摘は受けつけない)であるにも関わらず、私は自分の来世がオキアミになるリスクについてまったく考慮できていなかった。「来世危機管理能力ゼロ」と指摘されても仕方がない。これは猛省しなければならない。

 

同居人から更に「来来世」についても宣告を受けた。

 

「オキアミの次はコピー用紙だから」

 

これはツッコミどころが多すぎてかなりの字数を割く必要がある。

 

私の認識があっていれば、「コピー用紙」は生物ではない。かつて「植物」という生物ではあったが、切り倒されてパルプとかになり色々みなさんがんばって作り上げた「加工品」のはず。しかもなぜ「コピー」という限られた用途の製品なのだ。メモ用紙や画用紙や半紙や付箋やダンボールなど紙製品はゴマンとあるのに、なぜ「コピー用紙」なのか。感熱紙じゃダメか?ワケがわからん。

 

なんの躊躇いもないハッキリとした口調で天啓のごとく告げられたが、これはあまりに「転生のルール」を無視した話なので、オキアミ言われたときのような動揺を見せずに済んだ。危ないところだった。

 

このように誤った来世の話が起こらぬよう、「来世ルール」は明文化しておく必要がある。正しいルールのもと健やかな来世トークをぜひみなさんも楽しんでみてはいかがだろうか。