neputa日記

日常

真夜中にドアを叩くロシア人と白いうんこ

18歳の頃のこと。私は英国ロンドンの西の外れに位置する小さな町で暮らしていた。住まいは今でいう「シェアハウス」に近いもので、一軒家を改装したとんでもなくボロイ建物だった。各階に4つの部屋がある2階建ての建物は、玄関入って右手前が物置のような場所で、他7部屋に住人がいた。私が借りていたのは1階の左奥に位置する日当たりの悪い部屋だ。各部屋に簡易のコンロが据え付けられていたが風呂とトイレは共同で利用しなければならない。

引っ越しの当日、建物の前にハトの死体が転がっていて面食らったのを覚えている。ボロイ家だったが私にとっては快適な空間だった。初めてのひとり暮らしだったこともあり、ハトの死体やひどいにおいのマットレスよりも、これから始まる日々への期待感が勝っていたのだろう。

 

しかし何日かすると看過できない問題に直面した。トイレを流さないヤツがいるのだ。もちろん「大」の方である。そしてさらに、その「大」が白いのである。「白いうんこ」だ。健康診断でバリウムを飲むと翌日に白いうんこが出ることを知るのはだいぶ後のことで、当時はまったくの予備知識なしに真っ白いそいつと対峙したわけである。

この流されていない事件は1度や2度では済まされず、そして毎回のように白かった。なぜ白いかはわからないが、そこは責めない。だが流さないのは家訓か宗教上の理由なのかわからないが非常に許せない思いがあった。はり紙を貼って様子を見たが効果はなく、2~3日に1度、私は「うんこをする前に白いうんこを流す」という非常に納得し難い不毛なルーチンを強いられることになった。

 

そんなある日、真夜中にドンドンとはげしくドアを叩く音で目が覚めた。即座に「ヤバい」と思ったが、なぜヤバいと思ったかは思い出せない。おそるおそるドアをあけると、そこにはロシア人の男が立っていた。何度か挨拶を交わしたことがある彼は、同じ1階に住むセルゲイ(仮名)という名のロシア人の男だった。年はたしか私の2つ3つ上だったろうか。すこし興奮気味の彼は目がギラギラとしていて怖かったが「何の用か?」と私は訊ねた。すると彼は、「パンプ!パンプぅ~!」と手を上下に動かしながら繰り返し言った。なんかよからぬ話の方に解釈しかけた私はなんとか持ちこたえ、「自転車の空気入れを貸してほしい」という相手のメッセージを正確に理解した。「なぜ朝まで待てないのか」「なぜ空気入れであのゼスチュアなのか」など疑問はあったが、私は「オーケー」と言い、空気入れを差し出した。

 

彼の部屋に置いてある自転車のタイヤに空気を入れるのをなぜか私は立ち会うことになった。空気を入れ終わると彼は私に部屋の隅にある洋服ダンスのところへ来るよう手招きした。そしておもむろに一番下の引き出しを開けて見せた。そこには洋服などは入っておらず、セクシーな女性が表紙のエロ本がポツンと置いてあった。「なんだ!?」と思って彼を見ると、ものすごいドヤ顔でこちらを見ているではないか。そして満足気に「ニヤッ」と笑った。いま思えばあれは空気入れを借りたお礼のつもりだったのかもしれない。真夜中にロシア人の男と日本人の男がエロ本をはさんで執り行ったささやかな交流は何とも異様なものだった。

 

和やかに「空気入れを貸しエロ本を自慢される儀式」が終わろうとするその時、ある考えが私の脳裏をかすめた。直感は確信に変わり、私はセルゲイにするどく言い放った。

 

「白いうんこを流さないのはお前だろ!」

 

一瞬動揺するかに見えた彼はすぐに落ち着きを取り戻し、再び「ニヤリ」と笑った。予想外の反応にそれ以上追求する気持ちになることができなかった私は、空気入れを片手に「グッナイ」と言いながら部屋を出た。果たして彼はクロだったのだろうか。もしそうなら直接警告を告げたわけで、この問題はこれで解決するのかもしれない。しかし何のことはない。うんこをする前に白いうんこを流す日々は私がその家を出る日まで続くのであった。

 

彼の名はセルゲイ(仮名)、ロシアから来た白いうんこをする男。